11月上旬、日本での公開直前に俳優3人がプロモーションのため来日。ロジャー・テイラー役のベン・ハーディは新作映画の撮影地に足止めされ残念ながら欠席だったものの、他の3人は一様に、クイーンとは相思相愛である日本に来られたことを素直に喜んでいました。ベースのジョン・ディーコン役、ジョー・マッゼロは、「撮影初日から仲間内で、『日本にこの映画のプロモーションで行けたらすごくないか』と話していた。それがこうして実現して、まさに夢がかなった」と話していました。
フレディ・マーキュリーに扮するのは、TVシリーズ「MR. ROBOT/ミスター・ロボット」でエミー賞を受賞、映画『ナイト・ミュージアム』シリーズで古代エジプトの王子を演じたラミ・マレック。ジャパンプレミアではひときわ熱い声援を浴びていました。世界中の人々の記憶にいまだ強烈に焼き付けられているフレディを演じるにあたり、もちろんプレッシャーを感じていたラミですが、その役作りについては、こう話しています。「脚本を読んでいると、22ページに『フレディ・マーキュリー、さかさまにピアノを弾く』とあって、これほど大変なことがあり得るかと思った(笑)。フレディは、何百、何千という人々を掌に掴んでいる超人であり、僕はその彼をなんとか人間に降ろしてこなければならないと思った。だが同時に、彼は誰かの掌に包まれたがっている人だと気づき、そこなら自分も共感できるというところから始まり、彼が人間の複雑さにもがいているところ、移民である背景を含め自分のアイデンティティを探そうともがいているところから、自分との共通点を見出そうとした」。そして準備に1年かけ、「取り憑かれたように、日本のファンのホームビデオに至るまでありとあらゆるライヴ映像を観まくり、ラジオ・インタビューなども網羅して研究した上で、フレディがステージのみならず私生活でもとても自由気ままで、1秒ごとに何が起こるか分からない、目の離せない人物だったことを知った。それで、モノマネをしようとするのではなく、彼と同じように自由気ままにしようと、振付師にはつかず、ムーヴメント・コーチについた。また、フレディの話し方の出自である彼の母親の話し方を研究し、彼が影響を受けたボブ・フォッシーやライザ・ミネリといった人々の動きに取り組んだ。こぶしを突き上げるポーズも、彼が幼少期にボクサーを目指していたことから来ているとわかる。僕は彼の動きを追いかけるモノマネでなく、フレディとしての動きの進化を心掛けたんだ」と説明していました。完成した映画では、彼のこのセオリーは正しかったことが見事に証明されています。
そのほかの出演者を見てみると、ジョン・ディーコン役にはジョー・マッゼロ。かつて『推定無罪』や『ジュラシック・パーク』シリーズなどで鳴らした子役も今や30代半ばになり、厳しいショウビズ界に身を置きながら大人の俳優の道をきちんと進んでいるのがほほえましくさえ思えます。フレディを売れる前から支え、生涯の友人となるメアリー・オースティンを演じるルーシー・ボイントンも子役出身。『ミス・ポター』でレニー・ゼルウィガー演じる主人公の少女時代を演じていたあの子がこんなにキレイになって…と思うと、時の流れを感じざるを得ません。さらに、「ボヘミアン・ラプソディ」のシングル・リリースに猛反対し、バンドと決裂するレコード会社の重役を演じるのが、『オースティン・パワーズ』で知られるマイク・マイヤーズ。彼が脚本と主演を担当し、ロック・ファンに愛された『ウェインズ・ワールド』で「ボヘミアン・ラプソディ」がフィーチュアされ、オリジナルのリリースから20年近くを経て異例の再ヒットとなったというのに、本作の劇中、そのマイク・マイヤーズの口から同曲を痛烈に批判する言葉が出てくるのは、なんとも皮肉で可笑しいところ。
さて、愛情と才能、野心が迸り、アイデンティティを模索する焦燥感を抑え切れない、そんなフレディを、彼がどんな状態、状況にあっても常に見守っているのが、家の至る所にいる愛猫たちです。「トム」と「ジェリー」をはじめ、いずれ劣らぬつぶらな瞳が愛くるしく、不用意に声を上げてしまいそうになるので要注意。悩める飼い主を慰める彼らのふとしたリアクションに観客である私達も癒されながら、刻々と近づいてくる終焉に向け、心の準備をさせられることになるのです。
劇中で使われる歌声のほとんどは、演じているラミ・マレックではなく生前のフレディのもの。こんなにも生気に溢れた声の持ち主がもうこの世にいないと思うと、どうしようもなく寂しい気持ちに襲われます。トレンドという言葉を軽々超越した、普遍のメロディと歌詞の絶妙なフレージング。クイーンの、そしてフレディ・マーキュリーの楽曲の偉大さには今さらながら感服するばかりです。(佐武加寿子)
『ボヘミアン・ラプソディ』
2018年11月9日(金)全国ロードショー
配給:20世紀フォックス映画