【Story】ジョンと妻モリーの愛犬トッドは、殺処分寸前で保護した大切な家族。しかし、大都会ロサンゼルスのアパートメント暮らしでは、留守番中のトッドの鳴き声に苦情が絶えず、追い出されてしまいます。頭を悩ませる2人でしたが、料理家の妻モリーは、自分の夢「本当に体にいい食ベ物」を育てるため、郊外へ移り住むことを決心します。
愛犬トッドと共にやって来たその土地は、200エーカー(東京ドーム約17個分!)もの荒れ果てた農地。ゼロから向き合い、時に自然の厳しさに直面しながら、夫婦は、究極の‘‘オーガニック農場’’を創りあげるため奮闘します!
サブタイトルにある「理想の暮らし」。自分たちの今置かれている枠の中でそれを目指すのか、それとも枠そのものを取り払って新しい枠を組み立てるところから目指すのか。後者を選択した夫妻の8年間の暗中模索、試行錯誤、七転八倒の日々を追っています。
荒れ果てた土地を耕すことから始まる農場作り。すぐに結果を求めてしまいがちですが、開墾に始まって作物が収穫できるまでには当然、ある程度の時間がかかるもの。新米ファーマーたちの前に立ちはだかるのは、これでもかと畳みかけてくる自然の厳しさです。彼らは天変地異に右往左往するだけでなく、弱く愛らしい者たちの末路を目の当たりにして弱肉強食の動物の世界をも学んでいくことに。
監督のジョンはインタビューで、自然のルーティーンを極限まで謙虚になって観察し、予想することが自然ドキュメンタリーの秘訣と説明していますが、なるほど「こんな瞬間をよく撮っていたな」という場面がいくつもあり、感心させられます。無力な人間が自然に翻弄される、まさにその現場を逐一カメラが捉えているのは、作り手の観察と予想がなければ成しえない業。被写体が同時にプロの映像作家であるという強みです。素人さんを口説いて無理やり追いかける密着ドキュメンタリーとは違い、みっともないところもまるごと曝け出すことで、観客に、スクリーンを眺める単なる傍観者よりも一歩近い立ち位置で一部始終を目撃させているのです。でも当初は、農場を作る過程を記録として映像に残していただけで、本格的に映画作品にしようと決めたのは、5年が経ったころ、アブラムシとテントウムシから自然の摂理を知ったのがきっかけだったそう。
(愛犬たちにも動物の本能があり、ジョンを苦しめます!彼の正直な言葉が素晴らしい)
一方、妻のモリーは、農場作りから学んだ最大の教訓は自然を圧倒しようとしても無駄と悟ったことだと言います。動物や虫、植物もそのどれもが自然の中に大小さまざまな役割を担っていて、どれかを根絶やしにしたり服従させようとしたりすれば、一気にバランスが崩れてしまうということ。夫のジョン同様、共存という意識の大切さを観る者に教えてくれます。人間に誤って踏み潰されてしまいそうな小さな生物もそれぞれ必死に生きていて、その営みが時には人間に害を及ぼすこともあります。でも、彼らを追い払うことばかりに囚われていると、やがて、彼らの存在に助けられていた部分にも気づかされる。その繰り返しです。
色とりどりの野花が咲き誇り、一面の緑に囲まれて生物たちが戯れる、地上の楽園のような風景。どんな失敗も災害も、ここに至るまでの必然であり、人間は絶対と驕ってはいけないと悟ること。字面では知っているつもりでも、身を以て理解するのはなかなか難しい。この作品は、それを視覚から叩き込んでくれます。(佐武 加寿子)
2020年3月14日(土)シネスイッチ銀座、新宿ピカデリー、YEBISU GARDEN CINEMA他、全国順次ロードショー
(C) 2018 FarmLore Films, LLC
配給:シンカ