ホイットニー~オールウェイズ・ラヴ・ユー~

 スーパースターの末路としては、あまりに悲しい。そして、どんなホラーよりも恐ろしいかもしれない。2012年2月12日、帰らぬ人となったホイットニー・ヒューストンの、衝撃の、という言葉だけでは物足りない、驚愕、戦慄、震撼のドキュメンタリーです。映画では、ホイットニーの生い立ちから歌手としてのサクセス・ストーリー、そして成功からの急降下、不意に訪れた死に至るまでを、家族を含むさまざまな関係者の証言を交えて辿っていきます。

 監督は、ドキュメンタリー作品『ブラック・セプテンバー/五輪テロの真実』がアカデミー賞ドキュメンタリー部門を受賞しているほか、劇映画でも主演のフォレスト・ウィテカーにオスカーをもたらした『ラストキング・オブ・スコットランド』で手腕を認められたケヴィン・マクドナルド。これまで門外不出だったホームビデオ等も含む膨大な映像記録を、適度な距離と、熱くも冷たくもない公平な視線を終始保ちながら、丁寧に綴り合わせていきます。並外れたスターのキャリア絶頂期での自堕落な私生活や周りの人たちとの軋轢を描く点では『ボヘミアン・ラプソディ』に通じるところもありますが、そこは純正のドキュメンタリーとして、よりエンターテインメント性の大きいドキュドラマとはまた違う種類の説得力があります。

 『ボヘミアン・ラプソディ』と言えば、ホイットニーにもフレディ・マーキュリーにも、周囲の人たちとの関係性を歪めてしまう、どこか得体の知れない、不吉な影を落とす人物の存在があったことは共通しています。いずれも、そうした一般人の同性に理解と癒しを求め、常時、傍らにはべらせていたというのも興味深いところです。ただ、愛する人に看取られながら人生を全うしたフレディとは対照的に、ホイットニーの場合は、ホテルのバスタブなどという、その功績におよそ似つかわしくない場所で命が尽きてしまったことが無念でなりません。本作では、そんな彼女の最期についても、生々しい証言と共に事細かに語られています。

 誰かがどうにかできなかったものなのか。彼女が栄華を極める中で、甘い汁を吸った人達が数多いるはずなのに、身を呈して彼女を奈落から引き上げようとする人がひとりもいなかったのか。そこまでの信頼に足る人物を周りに置けなかったのだろうか。なんならカメラを向けている人だっていいから、何かできたのでは…。そんな思いが、観終わってしばらく経ってもグルグル、グルグル、頭の中を巡って離れない。ずっしりと重くのしかかる、なんとも嫌な後味が尾を引きます。さらに、身内の告発が真実であるとするなら、ホイットニーはなんと罪深い人たちに囲まれていたことか。今になってどんなに社会的な制裁を受けたところで余りある罪過に愕然とします。同時に、本作がホイットニー・ヒューストン財団の完全協力の下で製作されたことを考えれば、それをドキュメンタリーという形で敢えて白日の下に晒すことを望んだ人が身近にいたとも言えるでしょう。もしかしたら本人は、最後まで世間には醜い部分をひた隠しにして、屈託のない笑顔の自分を記憶していて欲しかったのでは、という思いもありますが、やはり裏で起こっていた事実をこうして世界中の多くの人が知り得たことには、一定の意味があったとも思います。

 80年代半ば、彼女が彗星のごとく登場するや恐ろしいほどのスピードでスター街道を駆け上がっていく姿を目撃していたひとりとして、筆者は彼女のことを知ったつもりになっていただけだったこと、メディアの表面には出てこなかった裏の部分をこういう作品で突きつけられたことに少なからず動揺しました。個人的には、伝え聞いていた報道の断片から、悪童ボビー・ブラウンと出会ったことが彼女の運の尽きだと思い込んでいました。もちろん、そのボビーが彼女の負のスパイラルの一端を担っていたことは映画からも分かるのですが、必ずしもそれがすべてではなかったということが、ここで詳らかに明かされます。

 1996年12月、主演映画『天使の贈り物』の公開前に、ホイットニーに取材する機会に恵まれました。世界各国の記者が10名足らずずつ5~7つほどのグループに振り分けられ、そこを彼女が順に廻っていくというラウンドテーブル形式だったのですが、本来の気質からか少し所作がせわしないなと感じさせた以外は、パブリック・イメージそのままのオーラを放つ女性だったのを覚えています。当時、実はすでに彼女の人生に暗雲が垂れ込めていたのかと思うと、スターという役どころを演じることに徹し、ネガティヴな部分を表に出さない術に慣れ切っていた彼女に、今さらながら胸が痛みます。その取材から約1か月後の1997年年明けに予定されていた来日コンサートは体調不良により直前になって中止となり延期されました。

 悲劇はホイットニーの代では終わらず、母の終末を一番近くで見ていたはずの娘のボビー・クリスティーナも、ホイットニーの没後3年の2015年7月、22歳の若さで他界しています。友人宅のバスタブにうつ伏せなっているのが見つかり、それから半年間、昏睡状態が続いた後、息を引き取りました。死因の詳細は不明ですが、検視により体内からは大麻とアルコール、精神安定剤の類の処方薬が検出され、少なからず影響を及ぼしたことが推測されるといいます。

 天賦の才の持ち主は、その他大勢の持たざる人たちのため、持たざる人たちの代わりに、その才能を遺憾なく発揮する義務があるとさえ筆者は考えています。それが酒やクスリにみすみす奪い去られてしまうのは、いかにも口惜しい。ホイットニー・ヒューストンも、「神様から特別な才能を授かった」と本人も認識していたにもかかわらず、せっかく与えられたものをどうしてもっと大事にしてくれなかったのかと、悔しさを超えて憤りすら覚えてしまいます。スレンダーな褐色の肢体を誇示するかのように、自信に満ち満ちて、瞳をキラッキラさせながら歌っていた「ニッピー」。誰もが羨んだ健康だった頃の彼女の歌声と姿を忘れず、同じ時代に居合わせた幸せを噛みしめることが、せめてもの供養になると信じるしかありません。(佐武加寿子)

『ホイットニー~オールウェイズ・ラヴ・ユー~』
1月4日(金)、TOHOシネマズ 日比谷ほか全国ロードショー
配給:ポニーキャニオン/STAR CHANNEL MOVIES
©2018 WH Films Ltd


アース:アメイジング・デイ  #1

 前作『アース』から10年。その10年の間に、撮影技術は目覚ましい飛躍を遂げました。今回の映画「アース アメイジング・デイ」は、製作期間3年、撮影箇所は22か国、撮影チーム100人に、ドローン200台を駆使、さらに、ドキュメンタリーでありながらストーリー性豊かという作品づくりの担い手として、監督には、BBCのドキュメンタリー『ヒューマンボディ』シリーズや『宇宙(そら)へ』などで評価の高いリチャード・デイルと、『真珠の耳飾りの少女』や『ハンニバル・ライジング』などのピーター・ウェーバーを迎えました。


 最新の4K技術や超軽量カメラにより、動物たちと一緒にいるかのような錯覚に陥りそうな、彼らのありのままの姿、自然な動きが撮影されました。自然に圧倒されるのではなく、自然に抱かれる生物たちを超身近に感じ、まるで生き物たちの気持ちになれるのです。


 例えば、大型ドローンにより撮影に成功したのは、中国の岩壁に生息するサルの家族! 絶滅寸前とされる、神秘的な美しいサルはなぜ危険この上ない岩壁で暮らすのか? その秘密に迫るべく、空中撮影にて初めて撮影されました。親子の人間そっくりな彼らの表情を見たら、絶滅しないでほしい、守りたい気持ちが溢れてきます。
本作は、中国で全編が公開される初の国際的なネイチャー・ドキュメンタリーでもあります。プロデューサーも、これまで世界を語るときに含まれていなかった「中国」の存在を大切だと言っています。この中国の参画により、お馴染みのジャイアントパンダの愛らしい映像が撮影できたことはもとより、前述の通り、あの白い頭のハクトウラングールが岩壁を移動する姿を国際映画の中に初めて捉えることに成功したのです。

 カメラは日の出から日の入りまで、一日の太陽の動きを軸に、動物たちの毎日を追っていきます。
 朝になれば私たちが太陽の光で目が覚めるように、世界の至るところで人間以外の命も目を覚ます。今さらながらそんな普通のことに気づかされます。早朝のガラパゴスではウミイグアナが太陽エネルギーを吸収する。赤ちゃんイグアナたちが地上にやっと出られる、その瞬間を狙って、すごい数のガラパゴスヘビが命を狙う。太陽が上ると、アフリカではサバンナシマウマの群れが移動し、生まれたばかりの子供も、ワニやカバやハゲワシが注視する中、激流の川に果敢に挑みます。赤道直下のアフリカでは、獣たちも無気力になるほど灼熱の太陽が照りつけますが、キリンはオス同士の死闘を繰り広げ、シマウマはチーターに追いかけられる。一方、その暑さもピークを越えた昼下がり、南米の熱帯雨林では、人間の親指ほどのラケットハチドリが花の蜜を求めてせわしなく動き、さらに小さな体のハチと闘いますが、そこに思いがけない助っ人が登場。そして太陽が沈めばまた、ロリスやコウモリ、ハイエナ、フクロウが動き出す別世界に…。こうして世界の各地でタイトル通り、驚く日々が待っているのです。

#2に続く

アース:アメイジング・デイ  #2

 何と言ってもこの映画の魅力は、過酷な自然の姿とともに、生き物たちのストーリーを楽しめること!ナマケモノ男子や母シマウマや、小さな小さなハチドリの気持ちまで伝わってきます。


 本来、自然の中で生きる動物の生態の一端であるはずなのに、それをここで言葉にしてしまうと途端にネタバレになってしまうほどに、どのストーリーもインパクトがあり、そのすべてが本作の見どころとも言えます。そしてもちろん、彼らの行動のひとつひとつには、ただひたすら、生きるためという明確な理由があることも伝わってきます。


 俳優・佐々木蔵之介さんの、ゆったりと温かいナレーションで、難しい生態系の説明はほぼありません。動物や鳥、植物とただ一日を過ごしていくだけでいいので、なんとも心地よい時間が流れて行きます。その蔵之介さんも、試写会イベントでこんなふうに話していました。
 「ナレーションに現場に入る前に、家で映像を拝見させていただいた時、普段よく観るネイチャーものとは違う感じがして…。何が違うのかと思うと、それは、アメイジング・デイと書いてあるように、このタイトルの通り一日を描いているところなんですね。僕たちが生活するのと同じように動物たちの一日を描いている。日の出から日没、そして夜に至るまで、それが自然の、地球上のどこかをずっと追っている。だから、なにか、比較できるんですね。自分の昼の時間、夕方の時間、お腹のすいた時間…何々の時間というのをおんなじように過ごしているということが分かって、それをすごく感じる。だから、動物や自然は対象物なんですけど、『自然が美しい』ではなくて、むしろ自然と動物が僕らと一体、この動物たちがみな仲間だという印象。心を寄せながらナビゲート、ナレーションしました」。


 映像は、ダイナミックで美しい広大な自然を映し出し、そうかと思えば、繊細すぎるほどのミクロの世界にまで入り込んで行きます。蔵之介さんは「映画、ドラマの撮影現場、ロケがどんな状況かが分かっているからこそ思うんですが、『えっ、どんなカメラアングルなの?』『何台で撮っているの?』『なんでこれ、レールの上で動いているの?』『なんで肩越しに撮れているの?』とか、引きで本当に広いところから雨粒のミクロまでどういうふうに撮っているのか、これは本当にアメイジングだな、と。どれだけ労力をかけているんだ、熱量をかけているんだと思いました。実際、話をお聞きすると、ずっと偶然を100時間、200時間待っていたのではなくて、カメラマンの方が動物学、生態学、行動学を学んで、その時間、その場所、そしてどの方向から撮ればいいのかを狙って向かって行っているというのがもう、驚きでしたね」と、やや興奮気味に語ってくれました。

 監修を務めた動物行動学者の新宅広二さんが、「久々に大作が来たという感じ。このクオリティのものは今後作れないのではという規模。記念碑的作品じゃないか」と、太鼓判を押す本作。危機を免れればホッとして、思惑が外れればガッカリする、そんな動物たちの日々の営みを覗き見しながら、喜び、悲しみ、恐怖、笑い――人間と同じ喜怒哀楽をたっぷり楽しめます。そして、大げさでなく、私たちが生きている地球をもっと好きになるはずです。(tomon)

『アース:アメイジング・デイ』
11月30日(金) TOHOシネマズ日比谷ほか全国公開
配給:KADOKAWA
監督:リチャード・デイル、ピーター・ウェーバー、ファン・リーシン
プロデューサー:スティーブン・マクドノー
製作総指揮:ニール・ナイチンゲール
音楽:アレックス・ヘッフェス
脚本:フランク・コットレル・ボイス、ゲリン・ヤン
製作:BBCアース・フィルムズ
2017年/イギリス・中国/94min/5.1ch/アメリカン・ビスタ/
原題『Earth:One Amazing Day』/監修:新宅広二
© Earth Films Productions Limited 2017

エリック・クラプトン 12小節の人生

 数ある音楽ドキュメンタリーの中で、主役が第一線で活躍している現役アーティストであり、自らナレーションを担当するなんて、とても貴重な作品です。


 クラプトン本人はこの映画に関してこうコメントしています。
「自分をあまりにも曝け出しているから、心が痛かった。こうして、まだ生きていることに感謝したいよ。多くの人に観てほしい。」
確かに、受け取るものは深く、壮絶。

 映画冒頭、現在のクラプトンが登場し、カメラ目線でメッセージをします。そこには、B.B.キングへの想い、ビギナーに向けておすすめアルバムを紹介してくれるなど、自然体の語り口に和みます。そしてすぐさま舞台は、生まれ故郷の景色に変わり、少年時代にまで遡ります。

 祖父母に育てられ、実の母親に拒絶されるという衝撃的な体験が明かされます。そんな家庭環境から、世間に対する不信感や怒りを持つようになった少年が出会ったのは、音楽、ラジオ、そしてギターでした。エリックと音楽を結んだのは、土曜朝のラジオ番組!。チャック・ベリーを聞き、ロバート・ジョンソンに夢中になった少年は、念願のギターを買ってもらいます。ずっとギターを弾いていた少年は、1963年、ロンドンで人気のバンド、ヤードバーズにギタリストとして迎えられ、ここから、バンドマンとしての長いヒストリーが始まります


 若かりし頃のザ・ローリング・ストーンズ、ザ・ビートルズなど著名アーティストたちの貴重なアーカイブ映像や、ヤードバーズ、クリームなどのバンド時代も、次々とアーカイブされます。初めてクラプトンを知る人にも、本人が当時の気持ちを語っていくので、どんなバンドに加入し脱退し、また新しいバンドに行くのかなど、とてもわかりやすく説得力があります。時代の人気者となった天才ギタリストの気持ちになって、ハイになったり、怒りに満ちたり、、、
 なんといっても、赤裸々なのは、ギターを愛し、ギターを競い合った親友を失った喪失感。そして、親友ザ・ビートルズのジョージ・ハリスンの妻への熱い想い。ここから彼の人生は大きく傾き、アルコール依存、ドラッグ、愛する息子の死、、、彼の人生はどこに向かっていくのか、現在を知っていてもファンは不安でたまらなくなるでしょう。ファンにも罵倒される酷いパフォーマンスや、片思いに悩むラブレターなど、これは世に出せないでしょう、という映像や写真にも驚かされます。しかし、どれも飾ることなく、今のクラプトンが自分の言葉で明かしてくれることに大きな意味があるのです。

 また、ジョージ・ハリスン、ジミ・ヘンドリックス、B.B.キング、ザ・ローリング・ストーンズ、ザ・ビートルズ、ボブ・ディラン、アレサ・フランクリンなど、すごいアーティストたちと入ったスタジオの様子や、オールマン・ブラザースのデュアン・オールマンとの「いとしのレイラ」の貴重なレコーディング風景など、名曲たちの誕生は驚きの連続、必見です。

 アカデミー作品賞受賞作「ドライビング Miss デイジー」をプロデュースしたリリ・フィニー・ザナックが監督を勤め、素晴らしいアーティストドキュメンタリー「シュガーマン 奇跡に愛された男」のジョン・バトセックがプロデュースを担当。編集は、「エイミー・ワインハウス」のドキュメンタリーを手がけたクリス・キング。音楽は「ブロークバック・マウンテン」のグスターボ・サンタオラヤが手がけました。心に響く素晴らしい作品を生み出した人たちが、エリック・クラプトンの人生に集約しています。

 25年来の友人のリリ・フィニー・ザナック監督によると、エリックはとても内向的な人間ですが、別の部分では真実を欲していて、自分自身の弱点をさらけ出すことをためらわない人だそう。だから彼について、誰がどんな憶測を持っていようが、メディアにどんな見出しが出ようが、この映画の内容には敵わないと思うと語っています。

 今、曝け出してくれてありがとう。すぐに彼のギターを聴きに行きたくなる、珠玉のドキュメンタリーです。

タイトル:『エリック・クラプトン~12小節の人生~』
11/23(金・祝)、TOHOシネマズ シャンテほか全国ロードショー
配給:ポニーキャニオン/STAR CHANNEL MOVIES
提供:東北新社
© BUSHBRANCH FILMS LTD 2017

ボヘミアン・ラプソディ     #1


 映画の内容は、もう説明不要でしょう。70年代半ばからずっと、ずっと特に日本では最も愛されてきた英国出身のバンド、クイーンの、結成から成功、そして孤高のヴォーカリスト、フレディ・マーキュリーの生き様を捉えた伝記映画です。

 盛んに流れているTVスポットを観るにつけ、メンバーを演じる俳優がどれだけ本家に似ているのか見極めようという意地悪な興味が湧く方も多いことでしょうが、少なくともこれまで多くの人が抱いてきたメンバー各々のイメージをそのままに体現してくれています。クイーンのギタリスト、ブライアン・メイは、自身を演じるグウィリム・リーについて「鏡を見ているような気になった」という最上級の賛辞を贈ったとか。ただ、こうした姿かたち形のそっくりぶりは、放心状態でエンドロールを眺める頃には、映画の本質とはやや外れたところにあると気づくことと思います。

 ブライアンとドラマーのロジャー・テイラーが音楽総監督を務めているだけあって、なるほど、単なる場つなぎ的なBGMに使用されている楽曲は1つとしてありません。オープニングのお馴染み「20世紀フォックス・ファンファーレ」からして、この作品のための新録だそうで、紛う方ないブライアンのギターの音色にボルテージが上がり、映画自体、クイーンのメンバーのお墨付きだということが一瞬にしてわかります。ブライアンとロジャーはライヴ・シーンのリハーサルにも足を運び、キャストにアドバイスを授けるなど、映画製作に協力を惜しまなかったといいます。

 たとえば、絵葉書で見慣れていた風景や名跡を実際に訪ねたとき、実在の場所だと頭ではずっとわかっていたはずなのに、いざそれが現実のものとして3次元で目の前に迫って来ると、「本当にあったんだ」と、どこかシュールな感覚に囚われるのに似ているかと思います。既視感がある一方で、当事者しか知り得ないであろうエピソードが満載で、新しい発見に喜ぶという体験が続くのです。この映画では、楽曲の作られた裏話として長年、いろいろなところで語られ、人々に記憶されていたことが映像として再現され、あたかもメンバー本人達の行動を追いかけたドキュメンタリーであるかのような錯覚に陥る場面も多々あります。映画のタイトルにもなっている「ボヘミアン・ラプソディ」のメイキング・シーンもそのひとつ。

 今やスポーツ観戦のアンセムと化した「ウィ・ウィル・ロック・ユー」のイントロのレコーディング風景も画期的。ブライアンとロジャーによる考証で裏付けられていることを考えれば、本当にクイーンの4人はスタジオでこうやって音入れをしていたのだと思われ、そこはかとない感動が押し寄せます。

 こうして、周知の事実として知られていることが映像として突き付けられるのは、時に小気味好くもあり、時に心苦しくもあります。1991年11月24日、フレディ・マーキュリーという不世出なミュージシャンがAIDSで死去した―その事実は変わらず、バンドは絶頂期にありながら、フレディが徐々に堕ちていく様子には、熱烈なファンなら目や耳を塞ぎたくなりそうです。(#2につづく)

ボヘミアン・ラプソディ     #2


 11月上旬、日本での公開直前に俳優3人がプロモーションのため来日。ロジャー・テイラー役のベン・ハーディは新作映画の撮影地に足止めされ残念ながら欠席だったものの、他の3人は一様に、クイーンとは相思相愛である日本に来られたことを素直に喜んでいました。ベースのジョン・ディーコン役、ジョー・マッゼロは、「撮影初日から仲間内で、『日本にこの映画のプロモーションで行けたらすごくないか』と話していた。それがこうして実現して、まさに夢がかなった」と話していました。

ジャパンプレミアに登場
ファンと共に「ウィ・ウィル・ロック・ユー」を合図に鏡割りをしました!

 フレディ・マーキュリーに扮するのは、TVシリーズ「MR. ROBOT/ミスター・ロボット」でエミー賞を受賞、映画『ナイト・ミュージアム』シリーズで古代エジプトの王子を演じたラミ・マレック。ジャパンプレミアではひときわ熱い声援を浴びていました。世界中の人々の記憶にいまだ強烈に焼き付けられているフレディを演じるにあたり、もちろんプレッシャーを感じていたラミですが、その役作りについては、こう話しています。「脚本を読んでいると、22ページに『フレディ・マーキュリー、さかさまにピアノを弾く』とあって、これほど大変なことがあり得るかと思った(笑)。フレディは、何百、何千という人々を掌に掴んでいる超人であり、僕はその彼をなんとか人間に降ろしてこなければならないと思った。だが同時に、彼は誰かの掌に包まれたがっている人だと気づき、そこなら自分も共感できるというところから始まり、彼が人間の複雑さにもがいているところ、移民である背景を含め自分のアイデンティティを探そうともがいているところから、自分との共通点を見出そうとした」。そして準備に1年かけ、「取り憑かれたように、日本のファンのホームビデオに至るまでありとあらゆるライヴ映像を観まくり、ラジオ・インタビューなども網羅して研究した上で、フレディがステージのみならず私生活でもとても自由気ままで、1秒ごとに何が起こるか分からない、目の離せない人物だったことを知った。それで、モノマネをしようとするのではなく、彼と同じように自由気ままにしようと、振付師にはつかず、ムーヴメント・コーチについた。また、フレディの話し方の出自である彼の母親の話し方を研究し、彼が影響を受けたボブ・フォッシーやライザ・ミネリといった人々の動きに取り組んだ。こぶしを突き上げるポーズも、彼が幼少期にボクサーを目指していたことから来ているとわかる。僕は彼の動きを追いかけるモノマネでなく、フレディとしての動きの進化を心掛けたんだ」と説明していました。完成した映画では、彼のこのセオリーは正しかったことが見事に証明されています。

ライブシーンの撮影について、当時の心情をリアルに語ってくれました。

 そのほかの出演者を見てみると、ジョン・ディーコン役にはジョー・マッゼロ。かつて『推定無罪』や『ジュラシック・パーク』シリーズなどで鳴らした子役も今や30代半ばになり、厳しいショウビズ界に身を置きながら大人の俳優の道をきちんと進んでいるのがほほえましくさえ思えます。フレディを売れる前から支え、生涯の友人となるメアリー・オースティンを演じるルーシー・ボイントンも子役出身。『ミス・ポター』でレニー・ゼルウィガー演じる主人公の少女時代を演じていたあの子がこんなにキレイになって…と思うと、時の流れを感じざるを得ません。さらに、「ボヘミアン・ラプソディ」のシングル・リリースに猛反対し、バンドと決裂するレコード会社の重役を演じるのが、『オースティン・パワーズ』で知られるマイク・マイヤーズ。彼が脚本と主演を担当し、ロック・ファンに愛された『ウェインズ・ワールド』で「ボヘミアン・ラプソディ」がフィーチュアされ、オリジナルのリリースから20年近くを経て異例の再ヒットとなったというのに、本作の劇中、そのマイク・マイヤーズの口から同曲を痛烈に批判する言葉が出てくるのは、なんとも皮肉で可笑しいところ。


 さて、愛情と才能、野心が迸り、アイデンティティを模索する焦燥感を抑え切れない、そんなフレディを、彼がどんな状態、状況にあっても常に見守っているのが、家の至る所にいる愛猫たちです。「トム」と「ジェリー」をはじめ、いずれ劣らぬつぶらな瞳が愛くるしく、不用意に声を上げてしまいそうになるので要注意。悩める飼い主を慰める彼らのふとしたリアクションに観客である私達も癒されながら、刻々と近づいてくる終焉に向け、心の準備をさせられることになるのです。

 劇中で使われる歌声のほとんどは、演じているラミ・マレックではなく生前のフレディのもの。こんなにも生気に溢れた声の持ち主がもうこの世にいないと思うと、どうしようもなく寂しい気持ちに襲われます。トレンドという言葉を軽々超越した、普遍のメロディと歌詞の絶妙なフレージング。クイーンの、そしてフレディ・マーキュリーの楽曲の偉大さには今さらながら感服するばかりです。(佐武加寿子)

『ボヘミアン・ラプソディ』
2018年11月9日(金)全国ロードショー
配給:20世紀フォックス映画

ボルグ/マッケンロー 氷の男と炎の男

 1970年代後半から80年代前半、一部のテニス愛好家のみならず世の中の誰もがスターと認め、崇めていた稀代の天才テニス・プレーヤー、ビヨン・ボルグ。スウェーデン出身の彼は彫りの深いルックス、「氷の男」=アイスマンと呼ばれるほど何事にも動じない冷静なプレースタイルで、全盛期の人気は凄まじく、テニス人気の底上げに、確実に貢献していました。対する「炎の男」とは、悪童の呼び名で知られるアメリカのジョン・マッケンローのこと。判定が気に食わなければジャッジに悪態をつくのは当たり前、感情剥き出しの悪ガキで、格闘技で言うヒール的な立ち位置にあり、プレー以上に言動が常に注目を集めていました。あれから40年近くが経ち、ナダルにフェデラー、ジョコビッチと、センターコートが似合うスター選手は多くいますが、このボルグとマッケンローほどの個性を放つ絶対的なスターは出現していないように思います。

 映画では、1980年、ボルグの5連覇がかかったウィンブルドン大会での2人の対戦を軸に、それぞれのテニス人生を振り返りながら、試合までの数日間の心理状態をつぶさに描いていきます。
 タイトルこそ2人の名前が並列になっていますが、スウェーデン、フィンランド、デンマークの合作ということもあって、比重が置かれているのはやはりビヨン・ボルグ。刻々と近づいてくる試合の時に向けての彼の焦燥や葛藤が、より深く丹念に掘り下げられています。物語の舞台が欧州であっても台詞は現地の言葉でなく英語に置き換えられることの多いハリウッド映画とは違い、私たち日本人の環境では耳馴染みの薄いスウェーデン語で大部分が展開されることからも、どこか緊迫感がリアルに伝わってくる気がします。試合の日が近づくにつれ、氷の男も、世の中の喧騒の裏では冷静とは程遠かったという、知られざる姿が明かされていくのです。

 映画の中のボルグは、同じ境遇にある人間でなければ理解も共有もできないであろう孤独と重圧に苛まれ、コートの外でも、観ているこちらが一緒になって息苦しくなるほどの闘いを続けていきます。俳優が演じている以上、多少の脚色もあるのだろうとは思いながらも、美談に終始する代わりに、ある意味醜い部分をここまで晒していいものかと心配にさえなってしまいます。ボルグほどの有名アスリートの、いかにもタブロイドが好みそうな逸話が数十年もの間知られずにいたのは、当時、彼にまつわる露出がそれだけ徹底してコントロールされていたということなのでしょう。思えば、最強時代のボルグのプレーを観ていて痛々しさを感じることなどありませんでした。いつも淡々と、勝つべくして勝つ絶対王者としての彼しか記憶にないのです。別段、熱烈なファンでもなく、FILAのロゴを見るにつけボルグの顔を連想する程度だった筆者にとっては、常時、ツアーに帯同する婚約者や、少年期から親以上の時間を共に過ごしてきたコーチの存在をはじめ、「そんなことが」「そうだったんだ」と、この作品で初めて知る事実が満載でした。

 さて、ボルグとマッケンローの2人は、そのパブリックイメージが対極にある氷と炎なら、テニスに目覚めた頃からウィンブルドンの芝に立つに至るまでの物語も対照的です。中でも、ボルグが、テニスを究めるには困難な貧しい家庭で育ち、もともとは「氷の男」の異名とは裏腹に激高しやすい短気な性格だったというのは、新鮮な驚きでした。その少年時代を演じるのは、ボルグの実の息子、レオ・ボルグ。このレオ君もテニス選手で、2017年、スウェーデン国内のU-14チャンピオンとなり、父同様、FILAと契約を結んだことが伝えられています。一方のマッケンローにも、世間にはあまり知られていない事情がありました。傍若無人な「炎の男」をもおとなしくさせる父との特異な関係性、そして先にスターになっていたボルグへの純粋な憧れ。私たちはやんちゃなマッケンローの陰の一面を知ることになるのです。

 映画終盤、いよいよボルグ対マッケンロー、1980年当時の世界ランキング1位と2位によるウィンブルドン決勝戦へ。実際の試合は3時間55分にも及ぶ熱戦で、観る側はあらかじめ結果を知っているのに、それでもストロークごとに手に汗握ってしまうのは、戦場ドキュメンタリーで鳴らし、これが長編ドラマ映画初作品というデンマーク人監督、ヤヌス・メッツの手腕に因るところが大きいと言えるでしょう。ハンディカムやステディカムを駆使して再現された試合は、マルチ・アングルで捉えた人物と球筋により、観客をぐいぐい引き込んでいきます。

 実在の、それも、今なお健在の、有名すぎる2人を演じる俳優の抱えるプレッシャーは並大抵でなかったに違いありませんが、綿密な研究の甲斐あって、違和感なく本人になりきっています。ボルグを演じるスウェーデン俳優の有望株、スベリル・グドナソンは『ストックホルムでワルツを』に出演、『ドラゴン・タトゥーの女』シリーズ2作目で2018年11月に米国公開予定の『蜘蛛の巣を払う女』の主要キャストに抜擢されています。本作ではアイホールの陰影など、もうビヨン・ボルグそのもののルックスで、心の内で増幅していくストレスを見事に表現しています。他方、マッケンローに扮するのは、『トランスフォーマー』以降、活躍目覚ましいシャイア・ラブーフ。顔の造作自体はマッケンロー本人と必ずしも似ていないのですが、飄々とした所作と攻撃的な態度の奥に、不安と苦悶を秘めた多面的な人物像を創り出すのに成功しています。この2人がコートでふと見せる後ろ姿など、特徴的なヘアスタイルとユニフォームも手伝って、もはや本物にしか見えません。もちろん、アスリートを演じるための肉体改造やテニスを含むトレーニングが求められた俳優2人でしたが、ウィンブルドンの試合まで交流がなかった実際のボルグとマッケンローに倣って、試合のシーンまで敢えて接触をしなかったそうです。

 ボルグの才能をいち早く見出し、少年時代から支え続けるコーチのレナート・ベルゲリン役は、スウェーデンきっての名優、ステラン・スカルスガルドが演じています。『パイレーツ・オブ・カリビアン』『マイティ・ソー』『アベンジャーズ』の各シリーズなどの数多くのブロックバスターに出演、極悪人役も人のいいおじさん役も、難なく自分のものにしてしまう名優で、最近では、『マンマ・ミーア!』続編でいい味を出していました。

 エンディング近く、闘いを終えた2人をつなぐ印象的な場面が用意されています。くれぐれも、試合の勝敗がついたところで気を抜いてしまわないように。(佐武加寿子)

『ボルグ/マッケンロー 氷の男と炎の男』
8月31日(金)TOHOシネマズ日比谷ほか全国順次公開

© AB Svensk Filmindustri 2017

今回の西日本を中心とした大雨の影響により、被害にあわれた皆様にお見舞いを申し上げます。

人命救助を最優先とし、少しでも早く安全を確保できますことを祈っています。

また、ペットの救出にあたっている方たちの安全なる活動もお祈り申し上げるとともに、

私たちにも協力できることをしていきたい考えています。

nukumori 松本ともこ

ペット共に被災された場合の参考に

過日の地震で被災された方々へ、お見舞い申し上げます。
nukumoriでは、イベントごとに冊子を発行していますが、
先日のnukumori vol.8の冊子の中に、
ペットと一緒に被災した際の対応を取材した記事がありましたので、
何かの参考になればと思い掲載します。
pdfはこちら

犬ヶ島

ウェス・アンダーソン監督が手がけたストップモーションアニメ『犬ヶ島』。

愛と勇気の冒険にDOG BLESS YOU!

 物語の舞台は、今から20年後の日本【メガ崎市】。「ドッグ病」、いわゆる「狂犬病」が大流行してしまう緊急事態に、人への感染を恐れた市長は、すべての犬をゴミの島「犬ヶ島」に追放。犬たちは、飼い主から引き離され、強制的にゴミの島に送られてしまいます。12歳の少年小林アタリは、親友で愛犬のスポッツをを救うために一人、小型飛行機に乗って犬ヶ島へ。島に着いたアタリは、必死に生きる5匹の犬たちと出会います。メガ崎市で何が起こっているのか、犬たちとアタリの冒険が始まります。

 スクリーンで見る犬たちは、犬種はもちろん、目、尻尾、歩き方など、細かい動きがにそれぞれ特徴があってびっくりします。特に犬ヶ島での生活は、衣食住どれも過酷。毛も絡んだり、汚れたりした犬たちがよく表れています。パペットの制作リーダーによると、まずクレイ彫刻で犬を作り、パペットの中に入れる可動式金属スケルトンの骨格が作られ、犬の毛並みはテディベアの毛を刈り取って再利用したそうです。アンティークの質感はぬくもりを感じます。

 アタリ少年が愛犬スポッツを捜すために、一緒に冒険することになる5匹。ドッグフードのCMに出ていたプライド高いアイドル犬「キング」、一人で生きてきた喧嘩の強い黒い毛並みのノラ「チーフ」。スポーツチームのマスコット犬として可愛がられていて今も野球のユニフォームを着ている「ボス」などなど、身近に似てる犬がいるかもしれません。それぞれの人との接し方、警戒心、食べ物の習慣、甘え方、遊び方まで細かく描かれ、島に連れてこられる前に、どんな家族と暮らしていたか想像できます。

 未来の日本なのに、懐かしく感じる世界は知ってるような未知の世界です。畳がある家や、打ちっ放しのビル。犬たちも、見た目だけでかわいい!というデフォルメがなく内面が見えてきます。

 人間たちは、日本の未来を模索する。
難しいテーマを、様々な日本のカルチャーで彩っていくクールな一作です。 (tomon)

『犬ヶ島』
5月25日(金)全国ロードショー
配給:20世紀FOX映画
©2018 Twentieth Century Fox Film Corporation