ホイットニー~オールウェイズ・ラヴ・ユー~

 スーパースターの末路としては、あまりに悲しい。そして、どんなホラーよりも恐ろしいかもしれない。2012年2月12日、帰らぬ人となったホイットニー・ヒューストンの、衝撃の、という言葉だけでは物足りない、驚愕、戦慄、震撼のドキュメンタリーです。映画では、ホイットニーの生い立ちから歌手としてのサクセス・ストーリー、そして成功からの急降下、不意に訪れた死に至るまでを、家族を含むさまざまな関係者の証言を交えて辿っていきます。

 監督は、ドキュメンタリー作品『ブラック・セプテンバー/五輪テロの真実』がアカデミー賞ドキュメンタリー部門を受賞しているほか、劇映画でも主演のフォレスト・ウィテカーにオスカーをもたらした『ラストキング・オブ・スコットランド』で手腕を認められたケヴィン・マクドナルド。これまで門外不出だったホームビデオ等も含む膨大な映像記録を、適度な距離と、熱くも冷たくもない公平な視線を終始保ちながら、丁寧に綴り合わせていきます。並外れたスターのキャリア絶頂期での自堕落な私生活や周りの人たちとの軋轢を描く点では『ボヘミアン・ラプソディ』に通じるところもありますが、そこは純正のドキュメンタリーとして、よりエンターテインメント性の大きいドキュドラマとはまた違う種類の説得力があります。

 『ボヘミアン・ラプソディ』と言えば、ホイットニーにもフレディ・マーキュリーにも、周囲の人たちとの関係性を歪めてしまう、どこか得体の知れない、不吉な影を落とす人物の存在があったことは共通しています。いずれも、そうした一般人の同性に理解と癒しを求め、常時、傍らにはべらせていたというのも興味深いところです。ただ、愛する人に看取られながら人生を全うしたフレディとは対照的に、ホイットニーの場合は、ホテルのバスタブなどという、その功績におよそ似つかわしくない場所で命が尽きてしまったことが無念でなりません。本作では、そんな彼女の最期についても、生々しい証言と共に事細かに語られています。

 誰かがどうにかできなかったものなのか。彼女が栄華を極める中で、甘い汁を吸った人達が数多いるはずなのに、身を呈して彼女を奈落から引き上げようとする人がひとりもいなかったのか。そこまでの信頼に足る人物を周りに置けなかったのだろうか。なんならカメラを向けている人だっていいから、何かできたのでは…。そんな思いが、観終わってしばらく経ってもグルグル、グルグル、頭の中を巡って離れない。ずっしりと重くのしかかる、なんとも嫌な後味が尾を引きます。さらに、身内の告発が真実であるとするなら、ホイットニーはなんと罪深い人たちに囲まれていたことか。今になってどんなに社会的な制裁を受けたところで余りある罪過に愕然とします。同時に、本作がホイットニー・ヒューストン財団の完全協力の下で製作されたことを考えれば、それをドキュメンタリーという形で敢えて白日の下に晒すことを望んだ人が身近にいたとも言えるでしょう。もしかしたら本人は、最後まで世間には醜い部分をひた隠しにして、屈託のない笑顔の自分を記憶していて欲しかったのでは、という思いもありますが、やはり裏で起こっていた事実をこうして世界中の多くの人が知り得たことには、一定の意味があったとも思います。

 80年代半ば、彼女が彗星のごとく登場するや恐ろしいほどのスピードでスター街道を駆け上がっていく姿を目撃していたひとりとして、筆者は彼女のことを知ったつもりになっていただけだったこと、メディアの表面には出てこなかった裏の部分をこういう作品で突きつけられたことに少なからず動揺しました。個人的には、伝え聞いていた報道の断片から、悪童ボビー・ブラウンと出会ったことが彼女の運の尽きだと思い込んでいました。もちろん、そのボビーが彼女の負のスパイラルの一端を担っていたことは映画からも分かるのですが、必ずしもそれがすべてではなかったということが、ここで詳らかに明かされます。

 1996年12月、主演映画『天使の贈り物』の公開前に、ホイットニーに取材する機会に恵まれました。世界各国の記者が10名足らずずつ5~7つほどのグループに振り分けられ、そこを彼女が順に廻っていくというラウンドテーブル形式だったのですが、本来の気質からか少し所作がせわしないなと感じさせた以外は、パブリック・イメージそのままのオーラを放つ女性だったのを覚えています。当時、実はすでに彼女の人生に暗雲が垂れ込めていたのかと思うと、スターという役どころを演じることに徹し、ネガティヴな部分を表に出さない術に慣れ切っていた彼女に、今さらながら胸が痛みます。その取材から約1か月後の1997年年明けに予定されていた来日コンサートは体調不良により直前になって中止となり延期されました。

 悲劇はホイットニーの代では終わらず、母の終末を一番近くで見ていたはずの娘のボビー・クリスティーナも、ホイットニーの没後3年の2015年7月、22歳の若さで他界しています。友人宅のバスタブにうつ伏せなっているのが見つかり、それから半年間、昏睡状態が続いた後、息を引き取りました。死因の詳細は不明ですが、検視により体内からは大麻とアルコール、精神安定剤の類の処方薬が検出され、少なからず影響を及ぼしたことが推測されるといいます。

 天賦の才の持ち主は、その他大勢の持たざる人たちのため、持たざる人たちの代わりに、その才能を遺憾なく発揮する義務があるとさえ筆者は考えています。それが酒やクスリにみすみす奪い去られてしまうのは、いかにも口惜しい。ホイットニー・ヒューストンも、「神様から特別な才能を授かった」と本人も認識していたにもかかわらず、せっかく与えられたものをどうしてもっと大事にしてくれなかったのかと、悔しさを超えて憤りすら覚えてしまいます。スレンダーな褐色の肢体を誇示するかのように、自信に満ち満ちて、瞳をキラッキラさせながら歌っていた「ニッピー」。誰もが羨んだ健康だった頃の彼女の歌声と姿を忘れず、同じ時代に居合わせた幸せを噛みしめることが、せめてもの供養になると信じるしかありません。(佐武加寿子)

『ホイットニー~オールウェイズ・ラヴ・ユー~』
1月4日(金)、TOHOシネマズ 日比谷ほか全国ロードショー
配給:ポニーキャニオン/STAR CHANNEL MOVIES
©2018 WH Films Ltd